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2月, 2023の投稿を表示しています

浅川駅 立川・八王子の異界駅

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 あらすじ -立川駅から異界駅に迷い込む 2014年9月25日の5ちゃんねるへの投稿 体験者は大月に用事があり、家を出て立川駅に向かう。駅に着いたのが5時15分頃。便意を催して駅構内のトイレに入る。 トイレの個室で頭が「ぐわあん」となるような感覚があったが、さして気に留めずにトイレを出る。駅のホームで電車を待っていると、アナウンスが普段よりも古くさい声のように感じられる。 しばらくすると、全面オレンジ色の大月行きの電車が来る。後日、調べるとこの電車はもう走っていないタイプのものであった。大月行きの電車はいつも古めかしいデザインなので、体験者はいつもの調子で乗ってしまう。不思議なことに向かいに止まっている青梅線の電車も古くさく、行き先が黒地に赤で「氷川」と書かれていた(氷川駅は改称され、現在は奥多摩駅となっている)。そしてホームには人が全くおらず、音一つしないほど静かであった。 電車に乗り、座席に腰掛けて家から持ってきた冷やし月見バーガーでも食おうかとすると、ベルのけたたましいジリジリジリジリジリという音が響く。何事だと思いあたりを見回す暇もなく、「乗り降りは、お早くねがいます…ドアーが閉まります…」という声がしたかと思うとガチャンと扉が閉まる。昨日の月見バーガーを取り出し、頬張っていると電車は日野、豊田と順調に進んで行く。 そこでふと、iPhoneを取り出し見るとネットワーク名が「DION」となっている(普段はauと表示される)。LINEを開いて友達にメッセージを送ったがエラーマークが出て送信できない。電車は八王子、西八王子と進んでいき、また車内放送が入る。 こもった声で「次は浅川…浅川…京王線を御利用のお客様はこちらで…」と聞こえる。扉の上にある画面にも「次は浅川」と書いてある。 GoogleMapを開いたが、現在地を示す水色のドットが出てこない。地図も読み込みが終わらず表示されない。諦めてふと外に目を向けると、雲一つ無い青空が広がっており、しかも気持ち悪いほどに青い。     昔の中央線(朝日新聞記事より) 浅川駅に到着 電車は浅川駅に着く。ホームは屋根付きで、周囲には何もない。人の気配も全く感じず、どこか遠くから小鳥のさえずりが聞こえる。 ぽかーんとして何もできずにいると、何の音もせずに電車は発車。そして素っ頓狂に明るい声...

東京・神奈川の浸水危険地 後背湿地(氾濫原低地)

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 武蔵小杉のタワーマンション浸水被害 2019 年の台風19 号は東日本各地において河川の氾濫を引き起こし、多くの浸水被害を出しました。 東京都と神奈川の間を流れる多摩川も各場所で氾濫を起こし、床上もしくは床下浸水の被害を引き起こしました。中でも川崎市高津区溝口6丁目の多摩川に支流の平瀬川が合流する地点ではマンションの1階部分が水没して死者も出ました。 被害があったマンションは川が流れていた跡(旧河道)に建っており、付近の土地よりも1から2m程度低くなっています。このため洪水が起こると多摩川の水が逆流して来ると共に周囲から内水氾濫した水も流れ込むためマンションの 1階部分が水没するほどの水が溜まったとされます。 この台風19号の被害により、川崎市中原区の武蔵小杉駅付近でもいくつかのタワーマンションに浸水被害が出ました。武蔵小杉一帯の古い集落が立地している場所は過去の多摩川の流路に沿って形成された自然堤防です。 自然堤防は周りの氾濫原よりも少し高くなっている場所で水害被害を受けにくい地域です。自然堤防の後ろに形成されるやや低い土地は後背湿地(氾濫原低地)と呼ばれ、水が溜まりやすい場所です。 台風19号で被害が発生したタワーマンションの立地は地形的には後背湿地で水はけが悪くて内水氾濫しやすい場所です。後背湿地は水田として利用されて来ましたが、一度洪水が起きると浸水するリスクがあり砂や泥を多く含むため地盤が軟弱で、人が家を建てない忌み地のような場所でした。 昔は後背湿地を水田として利用して人の住まいは少し高くなっている自然堤防に建てるのが一般的でしたが、現在の都市地開発の結果、後背湿地に多くの家やマンションが建っています。浸水した武蔵小杉のタワーマンションも後背湿地に建っています。 都市では下水道や排水路の整備が進んでいるため浸水の問題が解消されつつある所が多いが、昨今のような想定を超える豪雨が発生した場合には本来の自然の特性が現れることもあります。 横須賀線の武蔵小杉駅付近も浸水被害が大きかった場所ですが、この付近は昔は川が流れていた場所で浸水しやすい場所であることが昔の地図から分かります。 後背湿地に立地する武蔵小杉のタワーマンション群 関連記事 緑道と暗渠 世田谷区の災害の危険 水神の祠と水害 - 水神の多くは川の氾濫地・土石流の発生地帯に立地 災害地名と忌...

緑道と暗渠 世田谷区の災害の危険

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排水管・下水道のキャパシティオーバー:内水氾濫 地球温暖化による近年の豪雨は過去に経験したことがないような多量の雨を降らせています。豪雨による河川の氾濫と共に都市部では下水道や排水路の容量が超えてあふれ出す内水氾濫による浸水被害が問題となっています。2019年に武蔵小杉で起きた浸水は排水管が逆流して起こる内水氾濫でした。 この内水氾濫が起きやすい場所の一つは以前は河川であった場所が蓋をされて出来た暗渠です。東京を流れる小規模の河川の多くは都市開発に伴う下水道への転用や環境整備のために 1960 年代から次々と暗渠化されていきました。 東京23 区内には約70本の暗渠があり、総延長は約106kmに及ぶとされ、緑道やマンホールが連続する場所となり、見た目には水の流れる様子が確認できません。23区内でも暗渠の本数が最も多いのが世田谷区で、 北沢川、烏山川などは暗渠となり緑道として整備されてきました。 弦巻付近を水源とする蛇崩川はその名が示すように過去に氾濫や土砂崩れが度々起こったという云い伝えがあります。過去30年間の水害は蛇崩川の暗渠付近で多く、注意が必要です。   暗渠周辺における住民の水害に対するリスク認知より 緑道沿いの家は買うな?湿気とドブの臭い 世田谷区の暗渠は植物が植えられて緑道となっているケースが多くあります。烏山川緑道、蛇崩川緑道、目黒川緑道、北沢川緑道、玉川上水緑道、九品仏川緑道など多くの緑道が作られています。 一見すると緑が多く雰囲気が良い緑道沿いの住環境ですが、水害のリスクだけではなくその他のリスクも潜むと言われます。 暗渠は川の流れに蓋をしている物であるためその付近は湿気が多く、家の押し入れにはカビが生えやすいとされます。また下水の臭いにも悩まされるケースもあって、硫化水素臭やその他の揮発性有機化合物の臭いは実際にあるとされます。 河川の暗渠化の様子 関連記事 東京・神奈川の浸水危険地 後背湿地(氾濫原低地) 水神の祠と水害 - 水神の多くは川の氾濫地・土石流の発生地帯に立地 災害地名と忌み地 : 水害や土砂崩れのリスクを表す言葉や漢字一覧 与那国島:「久部良割(クラブバリ)」「人舛田(トゥングダ)」の伝説が残る 多摩市唐木田の忌み地と火災事故の関係

水神の祠と水害 - 水神の多くは川の氾濫地・土石流の発生地帯に立地

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 水神とは?水害や土砂災害が起きやすい地域 水神とは水田・井戸・川・池・治水など水に関する物に対して影響力を持つ存在で、龍神、蛇神、弁財天ときに不動明王などの形で祀られています。 水神の性格は様々で、飲み水の守護神、水田や灌漑に関わる水神、水難除けや防災の神としての水神、大漁祈願や漁の安全に関わる水神、雨乞いの役割を持つ河童と関わる水神など多岐に渡ります。 東日本大震災では高台に祀られた神社や祠が津波の被害を逃れており、過去に幾度もなく押し寄せた津波から祠を守るために安全な高台に移されたとされます。水害や津波の発生時にはこういった神社に逃げ込み、祖先たちは難を逃れて来ました。特に治水に関わるスサノオノミコトを祀る神社は津波の被害が少なかったとされ、神社や祠は避難場所として防災上の役割を担っていたことが分かります。 洪水の被害が大きい場所では水害除けの神さまとして水神を祀る水神社が多くあります。堤防に囲まれた輪中集落や決壊地点にも水神社や決壊守護神として水神が祀られています。 水神の祠や神社があるということは裏を返せば、水害や土砂災害が起きやすい地域であり、過去に幾度となく水による被害を被った地域と言えます。 不動明王型の水神(「福岡県東峰村に立地する水神と災害との関連性」より) 由緒がはっきりしない水神の祠。ご神体が流されていることも 神社のように由緒がはっきりしないことが多い水神の祠。石が御神体になっているものが多く、明治の廃仏毀釈運動の時に不動明王に置き換わったものや、弁財天として祀られている御神体もあるが、いつ誰が作りどこから運ばれてきたのかについて分からないものが多いです。 九州のとある地域で行われた学術調査の結果では、水神は土石流が堆積する地域に最も多く存在し、土石流に巻き込まれて埋没する危険性のある場所に立地していることが分かりました。 そして、渓流・谷川の氾濫や土石流で流れてしまった水神の祠もありました。このことからも、水害の多い地域に水神が立地していることが分かります。石のご神体はありませんがお祭りの際に藁でカゴを作りご飯を入れて渓流に祀っている例もあります。水田に水を入れる際に豊作の願いを込めて祀る農業関連の水神もあることが分かります。 農業の水神:藁カゴにご飯を入れてお供え物にしている 祟り神としての水神は災害の具現化:木曽谷の忌み地 水...

災害地名と忌み地 : 水害や土砂崩れのリスクを表す言葉や漢字一覧

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蛇落地悪谷 地名には土地の特徴や災害のリスクを後世へ伝える警鐘として付けられた物が少なくないと言われています。 近年の市町村の合併や住宅開発によって古来の地名が失われる傾向にあり、洪水などの災害を伝える伝承や言い伝えが途絶えています。 2014年8月に起きた広島豪雨災害では、押し寄せた土石流により大きな被害が出ました。被害が大きかった土地の一つはかつて「蛇落地悪谷」という地盤が緩いことを暗示する地名で忌み地とも言える土地でした。しかし、名前が悪いことから宅地開発の際に「常楽地芦谷」と改名され地すべりの危険に警鐘を鳴らす祖先の知恵が途絶えていたのです。 蛇落・蛇崩れは古語で土砂崩れを意味し、地名から過去に度々土砂災害が起こった場所であることがわかります。蛇落という漢字は縁起が悪いことから近年では常楽や上楽などと言う字に置き換わっています。 蛇落地悪谷「NPO法人 さとやま交流館HP」 あなたの家は大丈夫?水害地名・災害地名一覧 地名は古来の土地の特徴を示しています。開発が進む前は地盤が緩い湿地や谷戸であったり、地崩れが起こりやすい土地など地名が記憶する災害のリスクを知ることができます。下記は要注意な災害リスクの高い地名です。 アイ(合、相、会、英) 古語アヒは二つのものが対面する・ぶつ かるの意。川の合流点。豪雨時に水が集まりやすく水害の多発地。  例:落合、川合 アカ(赤・明)  古語のアカは水を意味する。地盤に要注意の水気の多い湿地。 例:赤羽、赤池 アキ(秋・安芸) 崩壊、崖、急傾斜,地すべりを意味する場合がある要注意地名。崩壊で空間ができる ことをアキ(隙間)という。崩壊して空間ができることをアカ(明るくなること)という。 アクツ (阿久津・芥川) 低湿地の意味。洪水時の泥流が積もった低地の肥沃な土地。  アソ・アゾ ・アサ(阿佐・浅) アサ=浅で一般に地下水が深く流れる低湿地。河川の跡。 アマ (尼・海部) ①アバく=奪うが転訛した地崩れ地。②古語アマはアメの古形。多雨地帯。③津波の危険性のある入り江地形。 ④海部(上代,漁労に従事した人々)に因 む名で多くは高潮被害に悩んだ地が多い  イケ(池)  池・窪地・水路・不良な地・水汲み場 を意味する。 イシイ (石井) もとは河原で砂礫が多い土地。浸水の可能性があ...

奇跡体験!アンビリバボー』の記念すべき第1回(1997/10/25[土]))の放送『見たら必ず死ぬ謎のツボ』として霊薬・猿酒

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  『奇跡体験!アンビリバボー』の記念すべき第1回(1997/10/25[土]))の放送で、『見たら必ず死ぬ謎のツボ』として霊薬・猿酒が紹介されたました。 猿酒の甕:『菅江真澄遊覧記 雪出羽道 平鹿郡14』 猿酒は猿の肉片が漬け込んである塩水のようなもので、甕(かめ)の中身を見た者は間もなく死ぬと伝えられている。 ・アンビリーバボー第1回のテレビ欄 「今宵、摩訶不思議へご案内。 秋田の民家に、十一世紀から伝わる「猿酒」を入れたカメがある。 酒と言っても、カメに“天日で干した猿”と水と塩を詰めただけの代物。 その昔、腹痛に効くと愛用された薬だった。 しかし、千年も前の「猿酒」の『猿』、原形をとどめてはいないはず。 持ち主曰く 「カメの中をのぞくと死ぬ。 現に死んだ者もいる。 絶対見てはいかん。」 …本当にカメをのぞくと死んでしまうのか。 はたして「猿酒」とは…」 アンビリーバボー第1回のテレビ欄 [猿酒の由来] 一般に猿酒は果実を発酵させた酒を指すが、中身を見ると死ぬという猿酒は江戸時代以前より秋田の旧家に伝わる門外不出の霊薬である。 江戸時代の紀行家で博物学者の菅江真澄は東北を旅し、見聞きした人々の暮らしぶりや風習をメモに残して本にした。猿酒はこの紀行文にも登場し、秋田の平鹿郡一帯では有名な話であった。 言い伝えによると、猿酒は前九年の役(1051-1062年)の頃に作られたとされ、製法は大猿3匹の肝と背肉を30日間水にさらして、それを日に乾かして美酒に漬け込む。その後、炎天下で干したあと塩水に3年漬ければ猿酒となる。 猿酒は島田源助なる武士が所有していたもので、後三年の役(1083-1087年)で主君の城が落城した際に、家宝であった猿酒を持って山内村の田代に身を隠した。 猿酒はお腹の病に良く効く秘薬であったので、島田源助は薬売りとして生計を立て、その地に定住したという。猿酒は今も現存しており、島田源助の子孫が厳重に保管している。 ・民話にみる猿酒 『金沢の城主、家衡の家来島田某という武士は後三年の落城の時、代々伝える家宝は菩提寺の祇園寺に寄付して猿酒の甕一つだけを持って、山内の田代邑に身を隠し、生計をたてていた。この猿酒は、実父が清原武則の代に猿三頭を捕って、皮と筋肉を去り、胆と背肉を30日間、寒水にひたし、これを日に乾して美酒に漬け、炎天に乾した後塩水に...

伊那地方に伝わる家内奴隷? 「おじろく・おばさ」こと「オジボー・オジロク」  文献にみる実像

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長野県伊那郡ではかつて 「おじろく・おばさ」として知られる制度が存在し、次男三男や次女三女は長男もしくは長女の家に居候し、奴隷のような存在として死ぬまで働いたという話がネット上に存在します。 民俗学の文献では「おじろく・おばさ」は「オジボー・オバー」として登場します。文献における「おじろく」ことオジボーの実態はネット上で伝わる闇深い話とは少々異なるようです。 民俗学者の記録にみるオジボー・オジロク 「長野県下伊那郡神原村(現天龍村)の向方(むかがと)といふ山村を訪れた時であった。ある家を訪ねると囲炉裏の傍に頬かむりをしたまま座り込む60代くらいの男がいた。 最初は家の主人かと思ったがその男の態度が少し違っている。後で聞くとこの地方でオヂキまたはオジロク(オヂロク)と呼ばれている居候の類だと言う。家の主人の叔父にあたる男で、若い頃から変わり者であったことから結婚もせず甥の家で厄介になっているのだと言う。 朝を起きると井戸に行って何回も顔を洗い、口をすすいで神仏を拝む。他人から扇子を贈られるのが何よりも嬉しいらしく、一年中なん本も腰に差している。 改めて説明するまでもないが薄ら馬鹿や半人前の扱いを受けていたことは知れる。ただし性格は温順で体力があり、労働においては大いに役立つという。この地でオヂボーまたはオヂロクと言えばこうした素質と境遇にあるものを指すのが常識になっている。」 オジボーとは?家にとっては有難い存在 伊那のあたりでは独身で兄や甥の家に居候している男性をオジボー(オヂボー)やオジロク(オヂロク)と呼ばれていました。 家の主人とは血を分けた肉親でありますがその待遇には大きな差がありました。夕飯は框(玄関や土間の上り)に腰かけて食べいました。社会性に欠け、村の人々とはそりが合わない性格であったが、兄に対する態度は従順であったとされます。 オジボーという呼び名は弟または叔父に対する総称が、後に意味が分化して叔父でありながら子供(ボーズ)ということでオジボーになったのではとされます。 独身で居候しているゆえに周囲からは小ばかにされる存在ではありましたが、よく働くことからオジボーやオバー(居候の女性)の存在は有難いもので、オジボーの居る家はお金の周りがよくなると言われて来ました。結婚をして一人前の男として認められ、村の運営の携わるようになると、葬儀や祭りなど村人の交...

失踪者の写真 -死に場所求めて高尾山に集う失踪者-

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 東京に在りながら自然が色濃く残る高尾山には毎年多くの人が訪れ、山中には観光客向けの蕎麦屋やお土産屋が多数軒を連ねる。 その高尾山のお店には失踪者の写真が多数集まってくるという噂がある。 高尾山ケーブルカー 高尾山は有名観光地であると共に自殺者・失踪者が集まる場所としても密かに知られている。 自殺者がとりあえず富士樹海に足を運ぶように、八王子周辺に住む人間が自殺や失踪を考えた場合、とりあえず高尾山に向かうのである。 故に失踪者を探す家族も高尾山に足を運び、蕎麦屋やお土産屋を回って失踪者の写真を配り、もし見かけたら家に連絡してもらうか優しく接してもらうようにお願いするそうだ。 死を考えている人間を邪険に扱えば、ますます命を絶ちたくなるので、お店の方に優しく接してもらい、自殺を考え直してもらえれば・・・という願いからの行動である。 しかし登山客があまりにも多いので写真を渡されても失踪者を見つけるのは容易ではないし、そもそも高尾山に来ているとも限らない。 お店には「無事に見つかりました」という電話が稀に入ることもあるが、大抵の場合、失踪者の安否は分からないままである。 様々な理由で消息を絶つ人間が増えているこのご時勢、失踪者を探しに来る家族の数は一向に減らないという。 そして、失踪者の写真を捨てるわけにもいかず、引き出しの奥には安否の知れない人を写した写真だけが溜まってゆく。。。。