災害地名と忌み地 : 水害や土砂崩れのリスクを表す言葉や漢字一覧

蛇落地悪谷

地名には土地の特徴や災害のリスクを後世へ伝える警鐘として付けられた物が少なくないと言われています。

近年の市町村の合併や住宅開発によって古来の地名が失われる傾向にあり、洪水などの災害を伝える伝承や言い伝えが途絶えています。

2014年8月に起きた広島豪雨災害では、押し寄せた土石流により大きな被害が出ました。被害が大きかった土地の一つはかつて「蛇落地悪谷」という地盤が緩いことを暗示する地名で忌み地とも言える土地でした。しかし、名前が悪いことから宅地開発の際に「常楽地芦谷」と改名され地すべりの危険に警鐘を鳴らす祖先の知恵が途絶えていたのです。

蛇落・蛇崩れは古語で土砂崩れを意味し、地名から過去に度々土砂災害が起こった場所であることがわかります。蛇落という漢字は縁起が悪いことから近年では常楽や上楽などと言う字に置き換わっています。


蛇落地悪谷「NPO法人 さとやま交流館HP」

あなたの家は大丈夫?水害地名・災害地名一覧

地名は古来の土地の特徴を示しています。開発が進む前は地盤が緩い湿地や谷戸であったり、地崩れが起こりやすい土地など地名が記憶する災害のリスクを知ることができます。下記は要注意な災害リスクの高い地名です。


アイ(合、相、会、英)

古語アヒは二つのものが対面する・ぶつ かるの意。川の合流点。豪雨時に水が集まりやすく水害の多発地。

 例:落合、川合


アカ(赤・明) 

古語のアカは水を意味する。地盤に要注意の水気の多い湿地。

例:赤羽、赤池


アキ(秋・安芸)

崩壊、崖、急傾斜,地すべりを意味する場合がある要注意地名。崩壊で空間ができる ことをアキ(隙間)という。崩壊して空間ができることをアカ(明るくなること)という。


アクツ (阿久津・芥川)

低湿地の意味。洪水時の泥流が積もった低地の肥沃な土地。 


アソ・アゾ ・アサ(阿佐・浅)

アサ=浅で一般に地下水が深く流れる低湿地。河川の跡。


アマ (尼・海部)

①アバく=奪うが転訛した地崩れ地。②古語アマはアメの古形。多雨地帯。③津波の危険性のある入り江地形。 ④海部(上代,漁労に従事した人々)に因 む名で多くは高潮被害に悩んだ地が多い 


イケ(池)

 池・窪地・水路・不良な地・水汲み場 を意味する。


イシイ (石井)

もとは河原で砂礫が多い土地。浸水の可能性がある土地。


イノ(井ノ)

 イ(井=川)+ノ(野の場所)で、複数の河川がある場所。水はけの良くない砂礫地を指す。


イナ(稲、伊那) 

 イ(井=川)+ナで水はけが良くない土地を意味する。


イヌ(犬)

 狭い土地、低い土地。山の場合は崖、地崩れを意味する。


ウキ(浮、宇喜)

泥の多い低湿地。


ウサ・ウシ・ウス・ウセ・ウソ(牛・臼)

古語「憂サ」で、➀不安定な土地,②山地の場合は斜面や崖などの地すべり地,③河川の場合は洪水時の氾濫原,④海岸では高潮や地震時の津波常襲地帯を表す。


ウタ・ウダ

 ①現在は田畑だが河川の氾濫した時代には河原の砂地であったと思われるところ。ウタのウがオに転訛しオダとも呼ばれる。砂地・湿地を意味する。②保水能力がありすぎる悪い土地。砂地。③ウタはムタに通じ,湿地だという説もある。洪水・高潮には浸水の恐れあり。


ウチ(内)

古語ウチ(打ち・撃ち)(土などを)耕す・掘り返す・叩きつける=地崩れ,地すべりを起こす,河川で岸が流水に削られる、を意味するものと思われる。豪雨後に洪水危険性がある場所。ウチ(打ち)は浸食を意味する。

例:内田


ウト・ウド (鵜戸・宇土)

地すべり地.ウトは古語ウチで打(ウテ)の転訛語。土などを掘り返すことの意.➀地すべり地帯の地名に多い。②四国地方では方言で古語ウツロの転訛語ウトロ(空・虚・洞)で、中が空っぽでウド(洞穴)。③ウトル(転倒する)が転じて地耐力のない土地の意として使われる。


ウメ (梅)

①地崩れ土砂で埋まった所。②(人工的な)埋立地。③水を加えてぬるくする。

例:梅島・梅田


ウラ (浦)

ウラは入り江、浜、水辺を指す。エダと隣接の場合、以前湖沼などあって川の 氾濫や降水で水害を出す土地。


エダ (江田)

河川の合流点.河川沿いの湿地.谷地.旧河川敷の砂礫地


エ(江)

エは川,水のある場所を示す。


オタ・オダ(小田)

 砂地.氾濫原(砂質地形は河川が変動して移動することが多い)。


オギ(荻)

古語オギは穿(うぎ)に通じる。災害により荒廃し、人の手が入らない土地あるいは荒蕪地のまま放置された場所を意味する。

例:荻窪


オナ(女)

荒々しい波を意味する男浪に由来する。過去に津波の被害を受けた土地の可能性あり。

例:女川


オニ(鬼)

崖崩れなどの恐ろしさをオニにたとえて言ったもの。荒々しい浸食地形に命名されていることが多い。


カキ(柿、垣) 

「欠キ」より、土地が欠ける崩壊地を表す。地滑り地。洪水氾濫地。柿が付く地域では大雨が降るとがけ崩れが多発していたという。


カツラ(桂)

 ①海岸または低湿地の浦。 ②カタ(潟)・ ウラ(浦)で水に面した崖地形。③山中のカツラの場合は急斜面または水に面した 滑落地形・地すべり地形が多い。


カミ・カム (神・上・紙)

古語カミ(噛み)は浸食の意。 カメ= 噛メの派生語で浸食地形。または低地で浸食しやすい所。


カナ(金)

 傾斜地。崩壊地。


カマ(鎌)

①古語の噛マから、流水などで湾曲型に浸食されて釜のような形になった淵。②河川では特に過去に洪水などで抉られたり決壊したことがある場所が多い。 


カメ(亀)

「噛め」の意味で、水による浸食が起こりやすい崩壊地を指す。


カモ(鴨・加茂)

カハ(川)・オモ(面)の省略形か。湿地・氾濫原。四国では洪水を受けやすい場所。


キヅ(木津) 

「疵(キズ)」を表す地崩れ地。


クイ・クエ 

クエ(崩エ)の転訛語.崩エは崩レルの意味。①切り立つ斜面の地崩れ地形。崩イ (くい)とも転訛する崩壊性の土地。②川岸のクエ地名は堤防決壊の危険地。


クサ(草)

草のつく地名で草は「臭い」・「腐り」・「糞」などが転じたもの。腐食土や湿地など地盤が緩く悪臭を放つ土地などが地名化したという。


クシ・クジ (久慈)

①道が崖状の地を超えていくところ。②「崩レ」の転訛語クシの意。崩壊地が多い。


クラ・クリ・クル・クレ・クロ(栗・倉・黒・桜・呉) 

抉(エグ)る→刳(ク)るからの転訛語。 ①抉れた土地.①岩壁。嵓(クラ)。②抉れた土地。③谷地形。④崩壊・浸食地形。 

例:栗川、黒川、佐倉


コイ(恋・己斐・鯉・小井・古井)

コイ→転ぶに通じ、崖や斜面などの崩壊地形を意味する。「コヰ」として水のある場所や川や水路そしてコヒヂ(泥)の意味で泥地や湿地、コキ(扱)から転じて「こそぎ取られたような状態」で崩壊地形を意味する。


コエ・コシ (越)

蹴(コ)えで蹴飛ばす.抉(コジ),掘ジ (コジ)の清音がコシ。いずれも浸食地。


サル(猿)

「去る」に由来し、がけ地や崩落地を意味する。


シバ(芝)

氾濫時に冠水する場所.氾濫時に土砂が 堆積した場所 


ジャ(蛇)

蛇落は土砂災害を指し、過去に土砂崩れがあった土地に多い地名。土砂の流出地、洪水氾濫地を意味する。


シンデン (新田)

○○新田は過去に湿地であった場所を開拓して田圃にしているため、水はけが悪い。


スカ・ス ガ・スケ・ スゲ(須賀・菅)

ス(砂・洲)・ガ(処).スキ(削る) の転訛語。流水が浸食する場所。氾濫原、低湿地。すべり地を指す。


ソネ(曽根)

河川の氾濫する場所。自然堤防。

 

チョウ(銚)

旧仮名遣いでチャウシ(打し)の当て字で、叩くの意味。浸食地が多い。


ナタ・ナダ(灘)

①波立つところの意で水路の難所または岸 近くの海。 ②感潮部の境や河川沿いに多い地 名。③水流・潮の速い難所。


ナベ・ナメ(鍋・滑)

 滑りやすい土地や流れを意味する。


ニタ(仁田)

古語ニタはヌタを指す。湿地,山水の滲み出る地の意味。低湿地,氾濫原,軟弱地盤地のこと。現在は〇〇新田という地名になっていることが多い。


ハヤシ(早・速)

流水の流れが速い(ハヤイ)ところ。氾濫時に浸水しやすい場所。旧河道。


ヒロ (広)

①広い土地,扇状地で低地が多い。洪水時に水が溜まる所。河川沿岸の水害地。②海岸では津波が襲われやすい所。


フクロ(袋)

 河川が蛇行した袋状の地形で水が溜まりやすい場所。遊水地。

 例: 池袋、沼袋


マイ(舞・毎)

古語からの転訛語で古称マエの場合が多く、過去に土砂災害のあった土地。水による浸食地(古語マイ=迷=浸食)や港湾の場合もある。


ミノ(美濃・三野・箕面)

ミは水を、ノは処で、洪水時に水がたまりやすい氾濫地を意味する。


ユイ(由比、油井)

「ユ」はゆれ、「イ」はひびを意味し、地滑り前兆としての亀裂。地滑り地。


ヨシ(良・吉)

ヨシはアシ(葦)が転訛した語。葦が生える湿地であったことを意味する。


リュウ (竜・龍)

想像上の動物・竜の動く姿を激流の流れに 重ねてたとえたもの。


ワダ(和田・十和田・岸和田)

古語ワダ(曲)から①川や海沿いの彎曲部の湿地。②内陸で河川の曲がる所にある洪水時の氾濫地。


水害地名と実際の氾濫

2015 年に起きた関東・東北豪雨の鬼怒川浸水地域と水害関連の地名を重ね合わせたマップがあります。茨城県常総市とその周辺地域を対象に、水害や土砂災害に関連した地名の分布が調査されています。なお開発にともない地名変わっているため、旧集落名で調査を行っています。

茨城県常総市付近は昔から鬼怒川と小貝川の氾濫原で、洪水や浸水に由来する水害地名が沢山あります。

この地域に多い○○新田という地名は、湿地や沼であった場所を開拓して田畑にしているため、水が溜まりやすく水害が起こりやすい場所です。鬼怒川の両岸にある○○石下という地名は洪水時に川の流れが変わりやすい河川の両岸によく見られ、水害リスクが高い場所であることを表しています。

実際のところ「押砂町」や「沖新田町」や「上蛇町」などの危険地名の場所の多くは鬼怒川の氾濫で浸水しており、安全地名とされる場所は浸水を逃れています。調査対象地域の水害関連地名のうち 約3割が○○新田という地名で、地域の人口増加にともない水害リスクの高い低湿地に生活圏を拡大していったと推察されています。

関東の人口集中地域では人口の増加に伴い水害リスクの高い地域まで生活圏が拡大しているため、今後地球温暖化で増える豪雨と河川の氾濫には注意が必要です。


鬼怒川氾濫時の浸水領域と水害地名「鬼怒川流域の土地利用変化と水害リスク」より 


参考文献

土木学会論文集B2(海岸工学),Vol. 76, No. 2, I_1255─I_1260, 2020.

災害地名調査から見えた大崎上島地域社会の問題

Journal of The Remote Sensing Society of Japan Vol. 36 No. 4 (2016) pp. 410-411

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