蟹満寺と蟹の恩返し伝説
京都府木津川市にある蟹満寺は、1300年以上前に作られた本尊・釈迦如来像(国宝)と、「蟹が蛇を退治した」という縁起で知られる寺である。
昔、この地には心優しい娘と年老いた父親が暮らしていた。娘は家事や裁縫をこなし、日々仏心を忘れることなく経を唱えるような敬虔な人物であった。
ある日、村の子どもたちが大勢の蟹を捕まえていじめている場面に出くわした娘は、蟹たちの姿を哀れに思い、自分の菓子を与える代わりに蟹を逃がしてやった。
その後、父親は田んぼの近くで蛇が蛙を飲み込もうとしている場面を目撃する。蛙が悲しげな声を上げるのを聞き、父親は気の毒に感じた。そこで蛇に向かい「その蛙を助けてくれるなら、代わりに私の娘を嫁にやろう」と冗談交じりに言ったところ、蛇は蛙を放して姿を消した。
ところがその夜、異様な雰囲気を纏った若者が家を訪れ、「私は昼間の蛇だ。約束通り、娘を嫁に迎えに来た」と告げた。驚いた父親は「娘にもまだ話しておらず、準備もできていない。2~3日待ってほしい」と言い、若者を帰らせた。
その夜から家族は不安に包まれ、娘も途方に暮れた。
そして約束の3日が経過した夜、両親は娘を一室に閉じ込め、戸締りを厳重にした。娘はひたすら経を唱え、必死に祈り続けた。深夜、戸を叩く音と「開けよ」と迫る声が響く。騙されたことを悟った蛇は本来の姿に戻り、家を取り囲んだ。
その時、外で激しい争いが始まった。両親は恐怖に震えたが、娘は祈りをやめなかった。
やがて夜が明け、外は静寂に包まれた。戸を開けると、巨大な蛇が力尽きて倒れており、その周囲には無数の蟹の死骸が散らばっていた。かつて娘が助けた蟹たちが、恩返しのために駆けつけ、娘の危機を救ったのである。
蟹たちの亡骸を丁重に埋葬し、その上に堂を建てたのが蟹満寺である。この堂には聖観音像が安置されている。
この話は古くから様々な文献に記載されており、大正9年には劇として上演され、全国的に有名な伝説となった。また、国宝である紫銅製の釈迦如来像(高さ八尺)は、もともと光明山寺の本尊であったものを蟹満寺に移したと伝えられている。
・参考文献:伝説の寺々 田中緑紅 著 昭和19
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