トゥビョウ ― 中国地方から四国に伝わる憑き物
中国地方や四国の一部には、憑き物の一種「トゥビョウ」にまつわる不思議な話が伝わっている。特に山陰地方の石見では、「トゥビョウ持ち」と呼ばれる者がいるとされ、村人たちの間で語り継がれている。
トゥビョウとは非常に大きな蛇で、主に土蔵の中に住むと言われる。この蛇を持つ家は、不思議と富を得ることができ、「あそこの家はトゥビョウ持ちだから裕福なんだ」と噂される。しかし、どれほど裕福であっても、村人たちはトゥビョウ持ちの家とは深く関わらない。結婚はもちろん、祝い事や弔事にも一切参加しない。特に金銭の貸し借りは絶対に避ける。もし返済が遅れると、トゥビョウが災いをもたらすと信じられているからだ。
トゥビョウの姿と謎
トゥビョウの姿は地方によって異なる。例えば、伯耆地方西部では、首に黄色の輪がある蛇だとされるが、石見の浜田地方では白い輪を持つ蛇として語られる。また、備後地方の北部では、トゥビョウは小さな蛇のようだが、体には多彩な色があり、非常に奇妙な生物とされる。一方、備後と備中の境界付近では、トゥビョウは鰹節のように短く、胴が太い姿だとされる。このように、トゥビョウの形状や色についての伝承は地域ごとに異なり、その実態は今なお謎に包まれている。
トゥビョウを祀る習慣
トゥビョウを持つ家では、小さな甕にトゥビョウを入れ、それを地中に埋めて祠を建てる。そして、時折その蓋を開け、酒を注いで機嫌を取る。酒はトゥビョウの大好物とされ、これを怠ると怒りを買い、災厄を招くと恐れられている。
四国に伝わる「トンボガミ」
瀬戸内海を挟んだ四国では、トゥビョウに似た存在として「トンボガミ」が語られる。トンボガミは「土瓶神」とも書き、土製の瓶に納められて祀られることが多い。その姿は蛇に近いが、人目を避けるように振る舞い、憑依する際には姿を消すとも言われる。この神を祀る家でも、トゥビョウ持ちの家と同様に金運に恵まれる一方、周囲から忌み嫌われることがある。
トゥビョウをめぐる逸話
江戸時代末期、讃岐地方のある村で河川工事をしていた男が、トンボガミを祀る家に宿泊した。ある日、留守中に台所で湯が沸いているのを見た男は、床下の甕を「茶甕」だと思い込んで蓋を開けた。すると、中にはトンボガミが蠢いていた。驚いた男は熱湯を注ぎ蓋を閉じて立ち去った。その後、家の者から「長年の厄介者を退治してくれてありがとう」と感謝されたという。
このようにトゥビョウやトンボガミの伝説は、地方の風習や信仰に深く根ざしている。それは時に人々に富をもたらし、また時に恐怖を与える。これらの物語は、現代でもなお語り継がれ、地方独特の怪異文化として人々の記憶に刻まれている。
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